地域の子どもたちとの食事会に参加しました

2019年5月24日

今日は、プメナンベーカリーの代表として地域の子どもたちとの食事会に参加しました。

インドネシアでは、地域に個人事業~零細・小規模の事業者が任意で参加する組合があります。

プメナンベーカリーも、前身のロンボクコーヒーSAMA-SAMAの頃から北ロンボク県の組合に参加しています。

その北ロンボクの組合が、孤児や経済的に厳しい状況下の子どもたちとともに断食明けの食事をする会を開催しました。

この会は、今日から断食月の終わるまでの約2週間にわたり、北ロンボク県の全5郡でそれぞれ一度ずつ開催される予定です。

今日は5回のうちの一番最初の食事会で、プメナンベーカリーの本拠地から徒歩でいけるモスクで開催されました。

モスクといっても昨年の地震で壊れてしまったので、仮の建物です。

今日は一連の食事会の初日ということで、西ヌサトゥンガラ州の協同組合の副長がいらっしゃいました。

「地震の被害の大きかった北ロンボク県で組合員たちがこのような会が開催することを誇りに思います」と挨拶。

続いて、ザカート(喜捨)が子どもたちに手渡されました。

(↑写真左の緑色のドレスを着た人が西ヌサトゥンガラ州の協同組合の副長)

イスラム教では孤児・寡婦・貧困者を手厚く保護することが義務付けられ、その方法の一つとして、ザカート(喜捨、施し)が行われます。

特に断食月や犠牲祭など宗教的な行事のときはすすんで喜捨をします。

そうこうしているうちに、食事や飲み物が続々到着。

時間に遅れることもよくあるロンボクの人々ですが、断食明けの時刻だけは別です。

この時刻だけは時間厳守! 速やかに一人ひとりにお弁当や飲み物が配られました。

断食明けの時刻になると同時にいただきまーす!

ちゃちゃっと食べてすぐに合同礼拝(忙しい~!)
次の礼拝の時刻に備えるため、パッとゴミを片付けて慌ただしく解散しました。
 
 
私たちにとってはじめてのイベント参加で(しかも主催側の一員)、思い出に残るものになりました。
今日の食事会は、もしかしたら子ども達にとってはありふれた食事会の一つだったかもしれません。次は彼らにとっても思い出に残るような食事会が企画できたらいいなぁ。
 
なお、本会はロンボク島内外の人々の寄付によって賄われました。
サマサマセナンプロジェクト代表の岡本個人から、ロンボク島地震でいただいた寄付金を少し寄付させていただきました。寄付を施してくださった方に神のご加護があるように祈っています。
 
 
プメナンベーカリーも来年ももしこのような会があれば、自分たちの売上からいくらかでも寄付できるよう、一年間精進したいと思いました。
(みどり)

【ベーカリー】パン屋の名前が決まりました!

2019年2月2日

今日は中小企業協同組合の職員さんが我が家へいらしてくださいました。

中小企業といっても日本の中小企業よりはずっと小さな規模で、実質は個人事業や家族経営規模の小さな事業の事業者たちが集まっている組合です。

地震のあと、そろそろ組合の活動を再開させるにあたり、これまでの登録名簿に間違いがないかを確認しにきたそう。

話の流れで、これからパンを売っていこうと思っていると伝えました。

※このブログではまだ書いていませんが、これまではロンボク島のフレーバーコーヒーを販売していました。

これまでに作った数々のベーグルの写真を見せると、職員さんは興味深く話に乗ってくださいました。

「ところで、店の名前は何にするの?」
 
これまではコーヒーを販売していたときの LOMBOK COFFEE SAMA-SAMA で登録していましたが、パン屋なら変更したほうがいいねと言われました。
 
たしかに、そのとおりです。
本当は BAKERY&CAFE SAMA-SAMA にしたかったのですが、ロンボク島の離島にSAMA-SAMA CAFE という名のカフェがあります。
 
以前から紛らわしいよなと思っていたため、パン屋にすると同時に名前を変えることにしました。
「まだいい名前がひらめかないなぁ…」とこぼすと、職員さんは「Pemenang bakery(プメナンベーカリー)でいいんじゃない?」と即答。
 
Pemenang は、私のいる町の名前です。
「ロンボクベーカリーだとちょっと名前が大きすぎるし、似たような名前のパン屋がほかにもあるか、これからでてきそうな気がするわ」
 
Pemenang bakery かぁ。
口に出して反芻してみましたが、特に嫌な感じもこれがベスト!という感じもしませんでした。
 
でも、このタイミングでふっと発された名前なのだから、何かしら縁があるのかなぁと思いました。
「じゃ、Pemenang bakery にするわ」
 
こうしてかくもあっさりとパン屋の名前が決まりました。
 
これまでも何度も頭の中で考えたり、ノートに候補を書き留めたりしていたんですよ。
でも結局それらにはなりませんでした。
 
きっと、私たちのパン屋は何かこの名前に導かれるものがあるのだろうなと思います。
そのときにならないとわからないけれども。
 
 
昨年の被災時から復興活動を進めるにつれ、私はこの町の歴史を知りたくなりました。
町づくりをするには、そこの地理や歴史を調べるといいよと教えてもらったことがあったからです。
 
どうしてPemenang(インドネシア語で勝者の意)という町の名前がついているのかな。
村の人々に聞きましたが、知っている人はいませんでした。
 
きっと図書館にいけばわかるのでしょうね。
その図書館も今は崩壊しているのですが…。
 
個人的にですが、私は、Pemenang(勝者)というくらいだから戦か何かで勝った地域なのだろうなと見当をつけています。

村の人に仮説を伝えると、「そうだね、ここは昔、武器の保管場所だったらしいよ。ほら、集落の名前が『銃』でしょ?」と。
 
なるほど。
どうやら何かしらの戦があったっぽいな。
 
だとしたら、Pemenang Bakery は、この Kacamatan Pemenang (プメナン郡)をPemenang(勝者)の町にしていきたいな。
 
人生にはままならない出来事がおこります。震災もその一つ。
 
それらの出来事に翻弄され嘆くのではなく、武器を手に戦うのでもなく、そこから何かを掴み取って人生の糧にしていくーそして、豊かな人生を歩んでいくーそんな人生の勝者の町にしたいな。
 
たかがパン屋にそんなことができるのかって?
できますとも!
 
そんなパン屋をつくればいいだけ。かんたんなことです。
 
やっぱり、いい名前を授かったなぁ。
この名前を心に刻んで、携わった人が人生の勝者になるパン屋をつくっていきます。
 
(文責:みどり)